なんだか分からないけれど、
涙がズルズルと落下。
「シャングリラ」雲南省の歌舞は
見たこともない、とてつもないものでした。
もし、この舞台を見なかったらと思うとゾッとします。
中国・雲南省の少数民族ペー族出身のヤン・リーピン。
貧しく、山の中で育ったヤンは、
正式な舞踊を学んだこともなく、
ただただ踊ることが好きな少女。
その彼女が、州の歌舞団に入団した時も
バレエなどの欧米の踊りは拒否したそうです。
ひたすら昔から故郷に伝わる踊りをベースに
オリジナルな踊りを続けました。
しかし、圧倒的に美しく、
とてつもなく、オリジナル。
あっという間に、主役の座に躍り出、
中国中に、その名をとどろかせました。

そこからが彼女らしい活動が開始。
中国全土にいる55民族のうち
25の少数民族が暮らす雲南省。
そこに残る歌舞を、そのままに伝えようと思ったのです。
その民族では、歌舞が生きることに、生活に
欠かせないものとして密着しています。
歌が、踊りがうまくない者は
いい結婚相手に出会えないほど。
歌舞は、神とつながるものであり、
生活を豊かにしてくれるもの。
それは、日本に限らず、世界中で共通すること。
しかし、それをそのままに残そうとする国は少ない。
ヤンは、雲南省を時間をかけて歩き
素人の人たちを集めて、「シャングリラ」を
つくりあげたのです。
舞台には、神にとどけとばかりに
太鼓、歌、踊りが
昔のままに、けたたましくとどろきました。

ほんとうに、からだがゾクゾク、熱くなってくるのが
わかって、興奮と違い、自然の側に行ってしまう感じです。
また、雲南省では情勢の存在が圧倒的。
「太陽は休んでもいい、月も休んでいい、
でも、女は休まない」
それは、女性に仕事を強いているのではなく
女性がいなければ、この世はない。
全くその通りです。
そして、ヤンの踊り。
欧米の踊りでもなく、日本の踊りでもなく、どこの踊りとも違う。
きり絵の一枚ずつがつながっているようでもあり、
骨や筋肉がなく、
腕を広げて翼のように、腕を振ると
小さな波のように、腕が動くのです。
また、孔雀の踊りでは、
指先が自在に操られ、孔雀の頭を見せる。
形容のしようがありません。
見ているだけで、ほんとうに涙がズルズルでした。
そのとき、ヤンは「外の世界」に触れている。
先進社会が失った能力。
そして、ヤンの体は、まさに鳥。
人間は昔、動物だったことを教えてくれます。
いまだに、あの姿が消えません。
私たちは、何のために先進化したのか?
けたたましい疑問が渦巻いています。

