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コミュニケーションの耳袋

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2010年01月31日(日)

野村萬斎×中沢新一

野村萬斎の「解体新書」その拾六は、
中沢新一さん、杉本博司さんをゲストに
「依代(よりしろ)」~宿りというポイエーシス(創造)~
芸能の根源を紐解いていくという、萬斎の試みですが
今回は、芸能に深い造詣をもつ二人と
神の御霊を降臨させる媒体としての依代のお話でした。

いつもなら、萬斎がリードして
話の中心になるのですが(当然)、
今回ばかりは脇で聞く役回り。
ゲストの二人が、知恵の宝庫なのですが
写真家で古美術コレクターでもある、杉本博司さんは
大のお話好き。
隙間があろうが無かろうが、話し始めるので
萬斎は糸口もつかめない様子でした。
中沢さんは、杉本さんにこたえますが、
萬斎に気を使っている感じで
日ごろの5分の1くらいしか話しませんでした。
さぞ、物足りなかったでしょう。

今回の大特典は、はじめに
萬斎が予告なしに、「三番叟」を舞ったこと。
驚くと同時に、ものすごく得した感じです。

テーマが、神が降りてきて、からだに憑依するですから
萬斎ももみの段の途中から、鬼気迫る顔つきになりました。
リングサイドの一番前で見ていましたから
それがガンガンとこちらに。

それでも、あとで萬斎が言っていましたが
自分はまだまだ「やろう」という意識が残っている。
父・万作は、まるで無の境地。
軽々とやってのけてしまう、と。

万作さんの三番叟を見たことがありますが
その時、そう感じました。
どこにも力が入っていないように見えて神々しい。
やはり、神が降臨して宿っているのですね。

「翁」と「三番叟」は能の中でも異色の存在で
演目の最初に置かれるもの。
演ずるものは、身を清めなければならないし
一座の座長しか演じることを許されないものだったそうです。

そもそも翁は、「宿神」で芸能者の守護精霊。
過去、現在、未来を自由に移動する神。
この世に現れるとき、翁の姿となるのです。

ですから、
まだ生まれていないものと、長い寿命を経たものとが
翁の中にあり、「知恵の王」ということもできるでしょう。

そういう演目なのですが、
二人が話していると、なんだか楽しそうな話で
とても幽玄の話とは思えない。

また、杉本さんはいくつかのお面を持参してきましたが、
その中でも、鎌倉時代につくられたものは
見るからに怖い。
一度つけたら、顔から離れなくなるのでは
と思わせるほど、霊力を感じました。

今回のテーマ、依代は誰にでも起こること。
何かに必死になっていると
思いもつかないことを考え付いたりする。
それが、霊の力。

中沢さんはペンでひたすら書いているときに
そう感じたそうで、終わったとたん、鼻血。
書いているうちに、次のことが引きずり出されてくる。
わかります、集中していると、
思わぬことが言葉として現れてくるのです。

芸能に限らず、
私たちの生活には、この霊力があるのでしょう。
何かに頼っていては、それは出現しない。
神様にとりつかれるくらい、やらないといけない、
つくづくそう思わせられる、解体新書でした。

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