メルマガ登録
コミュニケーションの耳袋

現代のコミュニケーションに関する話を、しかも門外不出の話を、誰よりも早くお伝えします。
大きな耳に溜め込んだ耳寄りな話、広告、心理学、マーケティング、クリエイティブなどなどを。21世紀の耳袋、として発刊します。

※現在準備中です。お楽しみに!

« 2009年から2010年へ | メイン | 映画「マラドーナ」のかろやかさ »

2010年01月08日(金)

いよいよ自由な年が始まる

新年あけましておめでとうございます。
松の内も明け、2010年の始動です。
どう考えても、今年のキーワードはこれしかありません。
「自由」
Free from everything!

%E6%9F%B5%E3%81%AE%E4%B8%AD%E3%81%AE%E9%B6%B4.jpg

どんなに美しい鶴でも、柵の中に入れられていたのでは
美しい羽根を伸ばすこともできなければ
人にその優雅な飛翔も見せることができません。

「自由」ということが当たり前になってしまった今では
ほとんどの人が、そのことを考えません。

歴史的に見ても、
自由ということは、権力からの差別や弾圧殻の解放と
とらえられてきました。
そのために多くの戦いが行われ悲惨なことも経験してきたのです。

そのせいか、自由という言葉は
大きな権力や組織に対する意味として使われることが多いのも事実。

しかし、自分のこととして考えたとき
自由という意味はどうなるのでしょうか。

何から自由になれるのか、なりたいのか。
何者に拘束されているのか。

それは目に見えない、自分で作り出した呪縛?
自分を保護しているコクーン?

私は、不自由は自分が作り出しているお化けなのだと感じています。

もともとの人間の魂は、
とんでもないこと、とてつもないこと、あり得ないことを
考え付く、けたたましい自由心をもつ生き物だったはず。

それを、科学技術や都市社会の発達と共に
奥深くに閉じ込めてしまったのでしょう。

このすさまじい閉塞感のある時代は、
天がくれた大いなる復活のチャンス。
そう捉えると、からだがムズムズしてきます。

ことしは、そんなことがいろんなところで
いろんな人がはじめだす予感がしています。

自由は自分の頭の中から始める。
そして、街へ出ていく。

ことしの年末には、すごい転換の年だった!
と思えるような年にしたい。
それが初めに思ったことです。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://s-eisaku.jp/mt_sys/mt-tb.cgi/288

コメント (0)

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)