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コミュニケーションの耳袋

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2009年02月09日(月)

伝統芸能の習い方

津軽三味線と狂言。
無謀にも、無思慮にも
二つを教えていただいていますが、
日本の芸能には、共通点がありました。

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まず、どちらも
師匠が100%で、弟子は0%。
これが基本です。
つまり、師匠の芸をそっくり真似る。
もちろん、どちらにも音割のようなものと
台本は存在します。
しかし、お稽古は、師匠の後について真似る。
声の出し方、抑揚。音の強さ、弾き方。
何一つ間違ってはいけない。
狂言は独特の言い回しがありますから、
現代語とはまるで違う。
津軽三味線は、他の弦楽器と違って
なんとなく曖昧。
三本の絹糸をはったシンプルな楽器から
強くも弱くもなる音が出るのは、その曖昧さがあるからこそ。
師匠を真似ることが、津軽を身につけることでもあるのです。

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つまり、自分の勝手な解釈は、理解を遠ざけるということです。
これが、やっとわかってきました。
なまじ年を食っていると、これはこういうことかな、
などと思い込んでしまうのです。
これがまずい。
これが上達を妨げているのです。
子供がすぐにうまくなるのは心の内が透明だから。

なかなか透明にはならないのですが、
素直さを久しぶりに思い出しました。
そうやって、伝統の芸のベースが身に沁みついて
それからが個性。
野村万作さんが言っています。
芸は、日常と違うことを身に浸透させることが大事。
それまでは、大目に見てください、と。

見る側が勝手に下手だのとは言えないのですね。
大いに反省。
でも、このおかげで、師匠に対して、物事に対して
「無心」で臨めるように、ちょっとだけなりました。
日本の芸事を習うことは
こういういいこともあります。
それでも、まだまだ下手くそ。
うまくなりたいものであります。

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コメント (2)

Acky:

関橋先生、
なるほど~。無心・透明な心・・
大人になると難しいですね。
私のお友達の間で、お三味線を習うことが流行してますが、
会社や家族にもまれ、雑念だらけで集中できない。とのこと。
(単に練習が嫌いなだけ?)
一番、自然に会得し上達されているのは芸者さんの友人。
職業ですし当たり前でしょうけど、
客人を「おもてなしする」という透明な心が芸を上達させるのでしょうかね。
私も何か和楽器にトライしようかしら。。

せき:

そうなんです、
流行っているからとか、
かっこいいからという理由だと
気持ちが透明になりませんよね。
だから、芸者さんはそのあたりのことが
すでに心にあるのでしょう。

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