津軽三味線と狂言。
無謀にも、無思慮にも
二つを教えていただいていますが、
日本の芸能には、共通点がありました。

まず、どちらも
師匠が100%で、弟子は0%。
これが基本です。
つまり、師匠の芸をそっくり真似る。
もちろん、どちらにも音割のようなものと
台本は存在します。
しかし、お稽古は、師匠の後について真似る。
声の出し方、抑揚。音の強さ、弾き方。
何一つ間違ってはいけない。
狂言は独特の言い回しがありますから、
現代語とはまるで違う。
津軽三味線は、他の弦楽器と違って
なんとなく曖昧。
三本の絹糸をはったシンプルな楽器から
強くも弱くもなる音が出るのは、その曖昧さがあるからこそ。
師匠を真似ることが、津軽を身につけることでもあるのです。

つまり、自分の勝手な解釈は、理解を遠ざけるということです。
これが、やっとわかってきました。
なまじ年を食っていると、これはこういうことかな、
などと思い込んでしまうのです。
これがまずい。
これが上達を妨げているのです。
子供がすぐにうまくなるのは心の内が透明だから。
なかなか透明にはならないのですが、
素直さを久しぶりに思い出しました。
そうやって、伝統の芸のベースが身に沁みついて
それからが個性。
野村万作さんが言っています。
芸は、日常と違うことを身に浸透させることが大事。
それまでは、大目に見てください、と。
見る側が勝手に下手だのとは言えないのですね。
大いに反省。
でも、このおかげで、師匠に対して、物事に対して
「無心」で臨めるように、ちょっとだけなりました。
日本の芸事を習うことは
こういういいこともあります。
それでも、まだまだ下手くそ。
うまくなりたいものであります。


関橋先生、
なるほど~。無心・透明な心・・
大人になると難しいですね。
私のお友達の間で、お三味線を習うことが流行してますが、
会社や家族にもまれ、雑念だらけで集中できない。とのこと。
(単に練習が嫌いなだけ?)
一番、自然に会得し上達されているのは芸者さんの友人。
職業ですし当たり前でしょうけど、
客人を「おもてなしする」という透明な心が芸を上達させるのでしょうかね。
私も何か和楽器にトライしようかしら。。
投稿者: Acky | 2009年02月09日 11:38