ギョロメの、イカの目。
不思議ですよね、あんなにでかい目は、なぜ必要なのか?
しかも、むき出し。
イカの目と、じっくり見詰め合ってみてください。
感じますから。
「イカの哲学」の続き。
昔から、多くの哲学者は、イカにコロリと
参っていたそうです。それだけ、イカには不可思議な魅力があるのでしょう。
まずは、イカは軟体動物。
フジツボと同じように、
何億年前から地球に存在する我々の大先輩。
しかし、貝類と違って、外側に硬い殻をつけていない。
岩に張り付いてもいないし、海底を這い回ったりもしていない。
いわば、無防備にやわらかい体をさらしている、なぜ??
あの目は、人間と同じような高性能。
虹彩、焦点調節可能なレンズ、
色やパターンを認識できる網膜まで
備わっている。
つまり、他の動物より優れた視力の持ち主なのです。
しかし、しかしです!
その複雑な眼球とはまったく異なり、
脳の構造は、あまりに原始的で単純。
ということは、目から入った膨大な情報を自らの脳で
処理することが不可能。
この何たる矛盾。
では、一体その情報はどこへ行くのか?
それとも、地球を観察しているだけ?
この矛盾に答えるには、イカは自分のためではなく
誰かのためにその膨大な情報を提供している?
それは、地球そのもの?
私たちがまだ知らない、大きなネットワークに繋がっている?
そう考えれば、とりあずイカの目のなぞは解けるような気がします。
数万という群れを成して、地球を映し出し、
それを、どこか知らないところへ送っている。
なんだか、イカの目にいつも見られているような感覚が
押し寄せてきました。
動物も植物も、そして人間も生み出した地球。
その存在の奥底には、ある知性が同じように潜んでいるのかもしれません。
それを、人類学者たちは、「イカ的なもの」と定義しています。
この「イカ的なもの」は、きっと無意識の奥底に眠っていて、
私たちはそれに気づいていない。
しかし、その「イカ的なもの」が、言語と違って
イカのようにやわらかく流動的に思考しているとしたら、
その思考と出会ってみたいと思うのは私だけではないでしょう。
自分の中の「イカ」。
そして、「イカ」に見つめられている。
そこに、愛、戦争、平和の源が在るのかもしれません。
もう少し考えて見ます。

