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コミュニケーションの耳袋

現代のコミュニケーションに関する話を、しかも門外不出の話を、誰よりも早くお伝えします。
大きな耳に溜め込んだ耳寄りな話、広告、心理学、マーケティング、クリエイティブなどなどを。21世紀の耳袋、として発刊します。

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2007年11月01日(木)

固定観念は病気だ

「固定観念」
これは、一種の病気です。
でも、決して不治の病ではありません。
気がつけば治るものです。

先日も、ある企業で研修を行いました。
そこで感じたのは、いつものように「固定観念」が強いこと。
極論すれば、日本中どこへいってもそうです。
もうひとつ驚くことは、「固定観念」が強いことを
それほど深刻に受け止めていないことです。
なぜだろう?
なぜだろう?
私なりに出した答えは、
「考えることを求められていない社会」でした。
戦後のことでしょう。
いかに早く戦後から復興できるかが、大テーマでしたから
個人の考えより、国のため。
いっせいに右向け右の教育が施行され
社会に出てからも、上から言われたことをこなすかが大事。
こういう環境が出来上がったのでしょう。
学校でも自由な答えより選ぶ答え。
社会では効率と多生産。
そこからはずれると、一斉に白い目で見られる。
いわゆる村八分が待っています。
これが60年も続くとどうなるかは明らかでしょう。
で、意見を言わない、他人と同調する、危険は冒さない。
という性格が出来上がりました。
ひとことで言えば、「考えない」毎日が続くようになったわけです。
こうなると、上司は正しい、ペンギンは空を飛ばない。
価値観が固定されてしまいます。
ましてや、成熟した社会。
ルールからはみ出ることはご法度です。
いや、参りました。
しかし、人間が人間になったのは考えるという脳の働きをもったから。
これは、人間の摂理に反しています。
ということは、病気。
病気と思えば治せる。
処方箋はたくさんありますが、今回はひとつ。
「違う」と思うものを、なぜ違うのか、
違わないとしたらどういうことか、を考えてみてください。
非常識は常識と裏表の関係だけですから。

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