生きている仏像
生身釈迦如来という名の仏像。
それが、京都・清涼寺にある如来様だ。
生身(しょうしん)という名前があらわすように、
まさに生きているお釈迦様。永遠の命を宿す仏像。
これこそ、仏像クリエイティブ。象徴としての仏像ではなく、
生きて手を差し伸べる仏像。

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現代のコミュニケーションに関する話を、しかも門外不出の話を、誰よりも早くお伝えします。 |
※現在準備中です。お楽しみに! |
生身釈迦如来という名の仏像。
それが、京都・清涼寺にある如来様だ。
生身(しょうしん)という名前があらわすように、
まさに生きているお釈迦様。永遠の命を宿す仏像。
これこそ、仏像クリエイティブ。象徴としての仏像ではなく、
生きて手を差し伸べる仏像。

プレゼンは、完璧な発表の場ではありません。
私はいつもそういっています。
それどころか、人を楽しませるもの。
つまり、吉本流のお笑いに近い。
それが、相手を決断させる切り札なのです。
京都・相国寺に百二十年ぶりに戻ってきた若冲動植綵絵。
釈迦三尊像を加えて、三十三幅。
初日の混雑は予想済みで、それでも欲望に勝てず拝観した。
正面に釈迦三尊像三幅、その脇と、両サイドに動植綵絵。
小さめの部屋は、若冲の麻薬がふりまかれていた。
電車に乗っていても、歩いていても、スターバックスでも、
イヤフォンから師匠の台詞が流れてくる。
当然、口は台詞を追っている。
時々、大きな声を出しているらしい。
電車の隣に座った人が変な顔をして席を移った。
思わず、「これは如何なこと、」
去年、地元弘前の吉井酒造煉瓦倉庫で
個展を開いた、奈良美智。
「A to Z」展覧会。
それは大変な話題を呼んだが、
その副産物として生まれたのが、カップ酒。
「ashes and snow] お台場での展示会。
会場は、建築家板茂による152個のコンテナを使って組み立てたもの。
細長く、天井の高い会場内は、まさに大聖堂としか思えない。
違うのは、マリアや聖人ではなく、動物と人間がそこに佇んでいること。
そして、その写真と映像は、コルベールからの手紙だった。
銀座エルメスで展示(?)されている
建築家藤森照信の進行型アート。
藤森照信は、タンポポハウスなど自然を組み合わせた家で有名だが、
変化を楽しむ建築家、縄文的建築家と言ってもいいだろう。
今回は、四畳半。
名画に扮装して、独自の美術スタイルを展開している
美術家(そう自称している)森村泰昌。
いつもながら、彼の美術の見方、作り方にはハッとさせられる。
彼自身が、美術鑑賞は苦手だったといっているので、
彼が教えてくれる鑑賞法はとても近づきやすい。
今回は、「美の教室、静聴せよ」