一木にこめられた祈り・仏像展が
東京国立博物館で開催されている。
一本の木材から仏像を造りだす“一木彫”の
オンパレードである。
会場には珍しく、高齢の男性が多い。
男は信心深いのか、
それとも菩薩への思いか。
美術展に限らず、
男はどこへ隠れてしまったのか、
と感じるほど見かけないのに、である。
ま、素敵なことには違いないが。
それにしても、日本人は木への思いが強い。
森羅万象、いずこにも神は宿る。
その代表が木に宿る神か。
木は、我々を
見守り、癒し、圧倒的な存在として
傍らにある。
その木から切り出す仏像は
無限の力を感じさせる。
その中でも私を圧倒したのが、円空。
三尊構成と呼ばれる、
一本の木から三体の像を造りだす技。
展示されていたのが、
岐阜・高賀神社に収められてる
十一面観音菩薩立像、善女龍王立像、
善財童子立像の三体。
細長い三体の像は、どれも
荒々しく、シンプルに彫られているが、
その顔は皆、すべてを呑み込むほどに
優しく語りかけてくる。
しかしすごいのは、この三体の像を
彫ってある面を内側に合わせると
元の丸い木に戻ることができる。
背側は彫られていないので、それが可能なのだ。
仏像であり、木。
それは自然に対する畏敬と、神への信仰が同居する。
また、アートしてみれば、
とてつもなくアバンギャルド。
すべてから自由で囚われることのない
円空の心がそうさせたのかもしれない。
私はそこに永遠につながっている現代を感じる。
現代アートとは、
常に今を生きるアートなのかもしれない。
見上げれば、円空が飛んでいる。

