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コミュニケーションの耳袋

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2006年10月22日(日)

溝口健二を観る、男と女を観る。

溝口健二。
没後50年にしてやっと日の目をみた。
こういう言い方は失礼な物言いだろう。
ヴェネチア国際映画祭で、52年から3年間、受賞を続け
日本映画を世界に知らしめた映画監督であるのに、
若い世代にはほとんど知られていなかった。

溝口があるからこそ、黒澤も小津も評価されたといっても
過言ではない。
その溝口作品が公開され、やっとDVDも発売された。
溝口に心酔する私としては、
やはり、うれしい。
溝口は、生涯90本の映画を撮ったが
戦争で消失し、34作品しか残っていない。
溝口の作風はもちろんひと言では表せないし、
傲慢というものだろう。
あえていえば、
黒澤がスペクタクル、小津が私小説、とすれば
溝口は人間そのものを描いている。
しかも、女の理不尽な悲しみを通して
男と女を描いている。
その代表作。私見かもしれないが。
溝口の近松物語。
不義密通と疑われて、
逃げる手代役:長谷川和夫と
内儀役:香川京子。
拍子木など下座音楽の響く中 、
次第に深い男と女になっていく二人の変化が
あまりに、すさまじい。
これは映画ではなく、人形浄瑠璃。
それだけ、運命という糸に操られているように 二人の動きが表情が人形化していく。
人形のつるっとした顔に、愛の強さが宿る。
人間より、はるかに感情的だ。
しかし、演じているのは人間。
特に、香川京子の変化が尋常ではない。
30歳違いの夫のもとに後妻として入り、
感情を押し殺した役を演じるが、
夫の浮気を契機に、 愛の化身に。
手代に抱きつくシーンには
思わず、身震いしてしまった。
これが男と女。
幾何学的構図と、墨絵のような光が交錯する画面は
象徴的に、男と女を映し出す。
観るたびに、からだにゾクッとした官能が走る。
私としては、溝口映画一押し。
溝口観ずに、日本映画は語れない。

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